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自由な雰囲気だからこそ、つくれたもの。
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vol. 8 2020 Feb. 25th

横尾忠則さん (美術家)

2 0 2 0 年、おかげさまでa n a nは創刊5 0 年目を迎えました。 それを記念して、ご縁のある方々にインタビュー。 印象に残っている表紙や誌面など、思い出話を伺います。

誰もやっていないことをやる。 全員がその心を 持っていたと思います。 横尾忠則(美術家)

元はといえば、同じ平凡出版(今のマガジンハウス)から出ていた『平凡パンチ』という雑誌があり、’60年代後半に僕は、その雑誌や、その別冊『平凡パンチ デラックス』などに毎号のように取材をされていたんです、なぜか。まださほど売れてもいなかったのに(笑)。そこで親しくなった編集者が、新しく創刊する女性誌に異動になった。そんな繋がりで、『アンアン』から仕事を頼まれることになったんじゃないかな」アバンギャルドな作風で世界的に評価が高い美術家の横尾忠則さん。『アンアン』が創刊された’70年当時、横尾さんはグラフィックデザイナーとしての活動を一時休止、写真を撮り始めた時期だったそう。「そんなことから編集者に『横尾さん、写真撮りましょう!』と言われ、浅丘ルリ子さんを撮ったり、あとイギリスのリバプールにビートルズの写真を撮りに行きました。掲載されたジョージ・ハリスンの後ろ姿を撮った写真は、今見てもいい写真だねぇ。後ろ姿なんてみんな撮らないし、そしてそんな写真、普通は載っけてくれないよね(笑)」当時の編集者も、そして関わっていた横尾さんご自身も、目的や結果を考えず直感的に仕事をしていて、その空気がとても楽しかった、と語る。「企画が生まれるきっかけは、『おもしろいからやろうよ』、それだけ。何を言いたいとかそんなものは一切なかった。良いものができれば、写真やページが〝なにか〞を語ってくれるんですよ。それから、誰もやっていないことをやろうという気持ちを、全員が持っていたんじゃないかな。篠山(紀信)さんと一緒に僕の郷里の西脇に行き、僕を撮影した『西脇オデッセイ』なんて、僕の小学校のときの先生と同級生、つまり有名人でもなんでもない人たちと河原で撮った写真を大きく使っている。こんな企画は、既成概念に囚われていたら絶対できません。『アンアン』をはじめ、平凡出版の雑誌の編集に関わったことで、僕は本業に対しても、誰もやっていないことをやらなければ、とハッパをかけられた気がします。いい加減な仕事はできないし、文化的に先頭を走っていなければ、という気持ちが随分育ったと思う。ちなみに当時の編集者は、毎日のように僕のアトリエに来ては、ソファでゴロゴロし、おしゃべりして帰る人ばかりでした(笑)。たぶんそんな自由な雰囲気だからこそ、カオスでおもしろい『アンアン』が作られていたんでしょうね」

思い出のanan

2190-480.330

篠山紀信さんとのコラボ。横尾さん以外全員一般人…。

何枚か掲載された写真の中で、一番のお気に入り。「僕が郷里を出て20年目くらいだと思います。とても思い出深い撮影ですね。西脇に行こうよって言い出したのは、篠山さんだったんじゃないかな…」(1970年6月20日号)

2190-500.350

浅丘ルリ子さんを、なんとご自宅で撮影!

『平凡パンチ』での撮影を機に、友人関係にあったお二人。「アイドル的な女優だった彼女が、“新しい浅丘ルリ子”に生まれ変わろうとしていた、そんな時
期で。セクシーにと思って撮りました」(1970年9月5日号)

よこお・ただのり 美術家。1936年生まれ、兵庫県出身。3/11より国立新美術館で開催される「古典×現代2020-時空を超える日本のアート」に、曾我蕭白から着想を得た作品などを出品。

写真・中島慶子 取材、文・河野友紀